自動車部品ソーシング活動の本質と進化― 戦略的調達が企業競争力を左右する理由

自動車部品の調達購買における「ソーシング活動」とは、最適なサプライヤーを選定し、長期的な関係を構築するための戦略的な取り組みを指します。前回の記事では、ソーシング活動の基本的な考え方や、パーチェシング(発注・購買実務)との違いについて解説しました。本記事では続編として、自動車部品調達の現場でソーシングがどのように機能し、どの判断が中長期の競争力に影響するのかを、実務寄りの視点で掘り下げて紹介します。

ソーシングとパーチェシングの役割分担を再整理する

ソーシング(Sourcing)とパーチェシング(Purchasing)は、どちらも企業活動において不可欠な「モノの調達」に関わる機能であり、購買部門が担う重要な役割ですが、役割、時間軸、目的において明確な違いが存在します。

 

項目ソーシング(Sourcing)パーチェシング(Purchasing)
役割戦略策定と調達基盤の構築日常的な発注と実行管理
時間軸長期的、戦略的(数年単位)短期的、オペレーショナル(日次〜月次)
目的競争優位性の向上、リスク低減確実な供給確保、効率的な取引実行
焦点サプライヤーの選定、基本契約、価格構造発注量、納期、支払い処理、在庫
成果TCO(総保有コスト)の最小化PTP(支払いまで)プロセスの効率化

図表は弊社で作成

①ソーシング(Sourcing):戦略的な調達源の選定と構築

ソーシングは、企業の競争優位性を高めるために、長期的な視点に基づき最適な調達戦略を策定し、サプライヤー基盤を構築・維持することを指します。

 

■主な業務内容

・マーケット分析: 調達市場の動向、サプライヤーの技術動向、地政学的なリスクなどを調査・分析します。

・調達戦略の策定: どのサプライヤーから、どのような条件で、どれくらいの期間調達するかといった基本的な戦略を立案します。(例:単一購買 vs. 二重購買、国内調達 vs. グローバルソーシング)
・サプライヤーの探索と選定: 企業の要求仕様を満たし、リスクが低い優良な新規サプライヤーをグローバルに探索し、評価と監査を通じて選定します。
・交渉と契約: 価格だけでなく、品質基準、納期、供給保証、知的財産権、サステナビリティ(CSR)条項など、広範な商取引条件に関する長期的な基本契約を締結します。
・サプライヤー関係管理(SRM): 選定したサプライヤーと強固なパートナーシップを構築・維持し、共同でコスト削減やイノベーションを推進します。

②パーチェシング(Purchasing):日常的な購買業務の実行と管理

パーチェシングは、事業活動に必要なモノやサービスを、滞りなく最も効率的かつ経済的な方法で手配し、確実に納入させることです。戦略的なソーシングで選定されたサプライヤーに対して、実際に発注を行う実行フェーズを担います。

 

■主な業務内容
・発注(PO発行): 現場からの購買要求(PR)に基づき、契約済みのサプライヤーに対して具体的な数量、納期を指定した発注書(Purchase Order: PO)を発行します。
・納期管理(Expediting): 発注した品物が、必要な期日までに間違いなく納品されるよう進捗状況を追跡し、遅延があれば調整を行います。
・検収と支払い処理: 納品された品物の数量・品質を確認(検収)し、請求書と突き合わせて支払い手続き(三点照合)を進めます。
・在庫管理との連携: 在庫水準を最適に保つため、生産計画や在庫担当部門と密接に連携し、適切なタイミングでの発注を維持します。
・例外処理: 緊急な購買要求や、発注後の仕様変更、納品時のトラブルなどに迅速に対応します。

自動車部品のように開発期間が長く、量産期間も数年〜10年単位に及ぶ製品では、ソーシング段階での判断がその後のパーチェシング業務の難易度を大きく左右します。言い換えれば、ソーシングが弱ければどれほど現場で努力しても後工程での挽回は難しくなります。

 

より詳細な調達購買活動の実務や見積業務ノウハウが知りたい方は、こちらも併せてご覧ください。

【お役立ち資料:見積査定プロセスのあるべき姿とは

 

自動車部品ソーシング活動の実務フロー

 自動車産業における部品調達(ソーシング)活動は、単なる購買行為を超え、製品の品質、コスト競争力、サプライチェーンの安定性を左右する戦略的な活動です。ここでは、ソーシング活動を実践的なステップに沿って詳細に解説します。

 

① 仕入先開拓とニーズ分析(戦略立案フェーズ)

この初期段階は、ソーシング活動全体の成功を決定づける最も重要なステップです。単に「今必要な部品」を調達するのではなく、長期的な視点での安定供給と競争力維持を目的とします。

 

■調達要件の明確化

・仕様(Technical Specification): 部品の機能、性能、耐久性、使用材料、設計図面などの技術的要件を漏れなく定義します。
・数量と納期(Demand & Lead Time): 年間/月間の所要数量、初期ロットの納期、量産開始後の継続的な供給スケジュールを明確にします。市場変動や生産計画の変動吸収力も考慮します。
・品質要求(Quality Requirements): 求められる品質基準(例:ISO/TS 16949、IATF 16949、自動車メーカー独自の品質規格)や、PPAP(生産部品承認プロセス)の要件を詳細に設定します。
・コストターゲット(Target Cost): 競争力のある製品を市場に投入するための目標原価を設定します。

■サプライヤーの探索と評価基準の策定

・既存サプライヤーの評価: 過去の取引実績、技術力、コスト、納期遵守率、品質実績などを総合的に再評価します。

・新規候補の探索(スカウティング): 国内外の展示会、業界レポート、競合他社の動向、コンサルタント情報などを活用し、潜在的な新規サプライヤー候補を発掘します。特に、革新的な技術を持つスタートアップや異業種からの参入企業も視野に入れます。

・リスクの低減: 特定の地域や企業への依存度を下げるため、マルチソーシングやデュアルソーシングを前提とした競争環境の構築を目指します。天災、地政学的リスク、パンデミックなどによるサプライチェーン寸断リスク(BCP: 事業継続計画)を想定し、代替供給源の確保を検討します。

 

💡重要な視点
この段階では、「今すぐ調達できるか」よりも、
将来にわたって供給できるかという視点が重要です。

 

② 見積依頼先選定・RFI/RFP(情報収集・絞り込みフェーズ)

戦略的パートナーシップを組むに足るサプライヤーを絞り込むための、体系的な情報収集と提案の要求を行います。

 

■候補の選定基準
・技術力と開発力: 要求仕様を満たす技術的な実現性、将来的な共同開発の可能性。
・生産能力と設備: 目標とする数量を安定的に、かつ高品質で生産できるキャパシティ、設備の老朽化度合い。
・品質保証体制: 適切な品質マネジメントシステム(QMS)の運用状況、トレーサビリティの確保。
・財務健全性: 長期的な取引に耐えうる経営基盤、倒産リスクの評価。
・ESG/サステナビリティ対応: 環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)への取り組み状況、人権・労働問題への配慮、サプライチェーン全体での法令遵守(コンプライアンス)体制。

 

RFI(Request for Information:情報提供依頼)
サプライヤーの概要(組織体制、主要顧客、事業規模)、主要製品、技術ポートフォリオ、品質認証取得状況など、企業レベルの基礎情報を収集します。

 

RFP(Request for Proposal:提案依頼)
具体的な調達部品に対する技術提案、生産計画、初期投資(金型・設備)、試作スケジュール、そして暫定的な価格構造などの詳細なビジネス提案を要求します。

 

💡重要な視点
この工程は、価格比較の前に「そのサプライヤーと組む意味があるか、要求される要件を安定的に満たし続けられるか」という、定性的な側面も含めた適合性を多角的に見極めるフェーズです。

 

③ 見積査定・交渉(価格と条件の最適化フェーズ)

収集した見積もりと提案内容を詳細に分析し、適正価格の検証と、 Win-Win の関係を築くための条件交渉を行います。

 

見積もり価格の妥当性検証(コスト分析)

・ブレイクダウン分析: サプライヤーの提示した価格を、材料費、加工費(工数、償却費)、一般管理費、利益などに細かく分解し、原価構造を把握します。

・比較分析: 過去の調達実績、類似部品の原価データ、業界の市況データ(原材料価格の動向など)、そして競合サプライヤーの見積もりとの比較を通じて、提示価格の妥当性を検証します。

TCO(Total Cost of Ownership)の考慮: 単価だけでなく、初期費用(金型費)、輸送費、在庫コスト、品質不良コスト、将来的な設計変更コストなど、部品ライフサイクル全体にかかる総費用を評価軸とします。

 

交渉戦略の実行

単なる「値下げ」要求ではなく、コスト構造の改善(VE/VA)、生産プロセスの効率化、材料の共同調達、ロジスティクス方法の最適化など、双方にとって持続可能な形でコストダウンを実現するための提案型交渉を行います。同時に支払い条件、在庫負担、品質保証期間、知的財産権の取り扱いなどの契約前提条件についても合意形成を目指します。

 

💡重要な視点
交渉のゴールは、安さだけではありません。サプライヤーの事業継続性を損なわない、持続可能な価格と品質のバランス点を見つけることが、長期的な安定供給のために極めて重要です。

 

④ 契約締結とSRM(実行と改善フェーズ)

最終的な合意に基づき正式な契約を締結し、その後は部品供給が開始されて終わりではなく、戦略的なパートナーとして関係を維持・発展させていくフェーズです。

 

■契約の締結

・価格、納期、品質要件、保証、知的財産権、機密保持、紛争解決方法、契約解除条件など、すべての合意事項を法的に有効な契約書として文書化します。

・量産部品の場合、長期間にわたる取引となるため、市場価格の変動に対応するための価格見直し条項なども盛り込むことがあります。

 

■SRM(Supplier Relationship Management:仕入先関係管理)

・パフォーマンス評価: 定期的にサプライヤーのパフォーマンス(品質、納期、コスト、技術提案力など)を客観的な指標に基づき評価(スコアリング)します

・継続的な改善活動: 評価結果に基づき、サプライヤーと協働で改善計画(KAIZEN)を策定・実行します。技術支援、共同での原価低減活動(VA活動)などを通じて、競争力の維持・向上を図ります。

・関係強化: 定期的な経営層レベルのミーティングなどを通じて、信頼関係を構築し、将来的な調達戦略や技術ロードマップを共有することで、より強固なパートナーシップへと発展させます。

 

💡重要な視点
契約締結は終点ではなく、「本当のスタート」です。自動車産業の厳しい品質・コスト要求に対応し続けるためには、サプライヤーを単なる取引先ではなく、戦略的なビジネスパートナーとして捉え、共に成長し、改善し続ける体制を構築することが不可欠です。

◆具体的な実現手法は、過去ブログ記事をぜひご覧ください。

SRM(サプライヤー・リレーションシップ・マネジメント)とは?戦略的調達購買活動を実現するためのマネジメント手法を解説

ソーシングが製品競争力に与える中長期的影響

ソーシング(調達)活動は、短期的なコスト削減効果を超え、中長期的な製品の競争力と企業の収益構造に決定的な影響を与えます。戦略的なソーシングこそが、持続的な競争優位性を確立する鍵となります。

 

①  設計フェーズへの早期参画がコスト構造を決定づける

製造業における製品コストの大半は、試作から詳細設計に至る初期フェーズで事実上固定化されます。この段階で、最も本質的かつ大きなコストダウンの余地が存在します。
 

■ ソーシングの早期化によるメリット(設計・原価企画)

設計が固まる前にソーシングを前倒しで進める「フロントローディング」は、以下のような多大な戦略的メリットをもたらします。

・設計変更を含めた本質的なコスト検討の実現: 供給者(サプライヤー)の技術やノウハウを設計初期段階で取り込むことで、「その部品・構造でなければならないか」という根本的な問いに対し、代替材料、代替工法、標準部品化など、抜本的なコストダウン案を設計変更と同時に検討できます。

・技術的な実現可能性と制約の早期把握: サプライヤーの製造プロセス、公差、ロットサイズなどの現実的な制約を早期に把握することで、手戻りのない、量産に適した設計(Design for Manufacturability: DFM)を推進できます。
・革新的な技術の取り込み: 潜在的なサプライヤーが持つ最新の素材技術や加工技術を製品コンセプトに取り込み、競合製品に対する技術的優位性を確立できます。

 

■ソーシング遅延がもたらす「見えにくい損失」

設計が既に確定・固定化された後にソーシングを開始すると、以下のような「見えにくい」が重大な損失が発生し、製品競争力を大きく損ないます。

・設計自由度の極端な低下: 部品仕様や形状が固定されるため、コストダウン策は価格交渉や歩留まり改善など表層的なものに限定されます。
・代替案検討の時間不足と機会損失: 納期を優先せざるを得なくなり、本来検討すべきだった複数のサプライヤーからの革新的な提案や、コスト効果の高い代替部品の検討時間が失われます。
・本来得られたはずのコスト低減機会の喪失: 初期設計の段階で数%のコスト削減が可能であったにもかかわらず、それが実現しないまま量産フェーズに移行することで、生涯にわたる累積的なコスト超過を招きます。

 

② 量産・長期収益への決定的な影響:利益構造の固定化

自動車部品や産業機器など、量産期間が長期にわたる製品において、初期ソーシングの巧拙が企業の長期的な収益性に与える影響は計り知れません。
 

長期にわたるコスト影響の累積

初期段階で決定された部品単価は、その製品の市場投入期間(数年〜十数年)を通じて継続的に発生します。

 

・初期価格の影響の長期累積: 量産数量が多い製品ほど、初期価格設定の僅かな差(例えば1円の違い)が、数百万個の累積販売を通して数千万円から億単位の利益差となります。

 

・原価低減の難しさの増大: 量産開始後における抜本的な原価低減(VE/VA活動)は、金型や治具の再投資、サプライヤーとの契約再交渉、品質リスクの発生など、非常に多くの困難を伴います。結果として、初期ソーシングの段階で設定された原価が、そのまま製品ライフサイクル全体にわたる利益構造を固定化すると言っても過言ではありません。

 

■サプライヤーとの戦略的関係構築

長期的な製品競争力は、単価だけでなく、サプライヤーとの関係性に依存します。

 

・安定供給と品質の確保: 初期ソーシングで選定されたサプライヤーは、長期にわたる製品の品質と供給責任を負います。価格優先のみの関係構築は、有事の際の供給途絶リスクや、品質問題の発生リスクを高めます。

 

共同開発と技術進化への寄与:  戦略的パートナーシップを構築したサプライヤーは、既存製品の原価低減だけでなく、次世代製品の共同開発や新技術の提案に積極的に関与し、企業の継続的な技術革新に貢献します。

 

結論として、ソーシングは短期的な財務活動ではなく、製品戦略と一体化した中長期的な競争力設計の中核を担う、極めて戦略的な経営活動であると言い換えられます。

 

関連記事:フロントローディングの意味とは?開発設計力強化のポイントと関連部門の役割を紹介

 

まとめ:ソーシング業務を高度化する3つの戦略的ポイント

ソーシング業務は、単なる部品購入ではなく、企業の競争力と持続可能性を左右する戦略そのものです。自動車産業の変革期においては、調達部門が「実行部隊」から「戦略推進者」へと進化することが求められています。以下3つが戦略的ポイントとして挙げられます。

① サプライヤーとの戦略的パートナーシップ構築(SRM)

重要サプライヤーにリソースを集中し、単なる取引先ではなく「共同開発パートナー」として関係を深化させることが重要です。
これにより、コスト低減提案や技術革新を引き出しやすくなります。

② 新規サプライヤー開拓の継続

既存取引先に依存しすぎず、グローバル視点で候補を探索・評価する体制が、サプライチェーンのレジリエンスを高めます。

③ データに基づく調達判断基盤の構築

見積・実績・市況データを一元管理し、相見積比較、類似部品比較、拠点間比較を行える環境を整えることで、属人的判断から脱却できます。

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