トヨタ式原価管理に学ぶ、調達・購買部門が果たすべき真の役割

「原価低減の会議を開くたびに、結局は仕入先への値下げ要請の話になる」——そんな感覚を持つ調達・購買担当者は少なくないのではないでしょうか。円安や原材料価格の高騰が続くなか、単なる価格交渉だけで目標原価を達成し続けることは年々難しくなっています。

生産段階でのコストダウン活動は原価低減の重要の一部ですが、それがすべてではありません。トヨタのコスト・マネジメント(原価管理)は、「市場が受容する価格(目標価格)- 経営上の必要利益(目標利益)= 達成すべき原価(目標原価)」という考え方のもと、開発・設計段階から量産後まで一貫してコストを作り込む体系的な仕組みとして知られています(今井, 2023)。

この記事では、トヨタ式の原価管理手法をもとに、調達・購買部門が本来担うべき「原価低減」の役割について整理します。

トヨタ式原価管理を支える「3つのフェーズ」

トヨタのコスト・マネジメントは、「原価企画」「原価維持」「原価改善」という3つの柱(フェーズ)で構成され、これらを継続的な改善サイクル(Plan-Do-Check-Action)として回す点に大きな特徴があります(今井, 2023)。

図表は弊社で作成

1. 原価企画(号口前のコスト作り込み)

生産開始(号口:ごうぐち)前の開発・設計段階で行うエンジニアリング活動を指します。利益計画に基づき新製品の目標原価を決定し、その達成を目指して設計初期からコストを徹底的に作り込みます。製品原価はおよそ8割が設計段階で決定し、量産開始後の改善活動で削減できる余地は限定的であると言われています。

原価は「原単位(1台あたりの材料使用量や作業時間)」と「単価(材料単価や賃率)」に分解できますが、このうち原単位は図面が引かれた設計段階でほぼ決まってしまいます。そのため、原価企画フェーズへの関与度合いが、その後のコスト競争力の大半を規定することになります。

2. 原価維持(号口後の標準管理)

原価維持は、量産開始後に行われるフェーズです。目的は標準原価の維持と管理であり、原単位や予算によるコスト管理が軸になります。異常の早期発見と是正対応、品質保証と連動した安定運用も、このフェーズの重要な内容です。決められた原価を崩さずに運用し続けることが求められます。

このフェーズでは、原価企画段階で作り込んだ原価が計画通りに実現できているかを継続的に検証する役割も担います。差異が生じた場合には、その原因を材料費・労務費・経費のどこに起因するかまで分解して特定し、是正措置につなげる運用が一般的です。

3. 原価改善(継続的なコスト削減)

原価改善は、量産後・継続生産中に行われるフェーズです。標準原価をさらに下回るよう現場主導で低減活動を行い、削減できた原価を「新しい標準」として更新していく活動を指し主な目的は、原価の継続的な低減であり、現場主導の改善によるコスト削減が中心となります。

工程や設備の見直し、新しい基準による標準原価の再設定も、このフェーズに含まれます。多くの企業で「原価低減活動」としてイメージされやすいのは、まさにこのフェーズです。ただし、既に仕様と工程が固定された状態からの改善であるため、削減できる幅には構造的な制約があります。設計段階まで遡って仕様そのものを見直せない以上、改善活動は既存の枠組みの中での最適化にとどまりやすいという特徴があります。

3フェーズに共通する「原価を作り込む」思想

トヨタのコスト・マネジメントでは、「原価は勝手に決まるものではなく、造り込むもの」という実行視点が存在します。 「発生した原価を後から削る(原価改善)」のではなく、「製品の機能や設計を決定する段階から望ましい原価を造り込む(原価企画)」という発想こそが、全社的なコスト競争力の源泉となっています。

調達・購買部門=「原価改善」の担い手という誤解

調達・購買部門の原価低減活動と言うと、生産段階での値下げ交渉やコスト改善、すなわち「原価改善」のイメージを持つ方が多いのではないでしょうか。日々の業務がサプライヤーとの価格交渉や既存契約の見直しに費やされていれば、この認識は自然なものです。

このイメージが定着している背景には、原価改善フェーズの活動が可視化されやすいという事情があります。価格交渉の成果は金額として即座に表れるため、社内での評価対象にもなりやすく、結果として調達・購買部門の役割がこのフェーズに固定化されがちです。年度ごとのコストダウン目標や、四半期単位の実績報告といった評価サイクルも、こうした固定化を後押しする要因の一つといえます。

しかし、本来調達・購買部門が担うべき役割はそれにとどまりません。原価改善フェーズへの注力にとどまる限り、すでに決まった原価の範囲内でしか成果を出せないという制約からは抜け出せないのです。前述の通り原価の8割が設計段階で決まるのであれば、量産後の交渉だけに依存した原価低減活動は、構造的に限界を迎えやすいと考えられます。

原価企画フェーズにおける調達・購買部門の関与ポイント

開発・設計段階における「原価企画」のフェーズにおいても、調達・購買部門は積極的に関与することが重要です。原価が「決まった後」ではなく「決まる前」に関与できるポジションにあることが、このフェーズの価値を大きくしています。

具体的な関与の一例が、設計部門と共同でのサプライヤー選定です。設計の初期段階からサプライヤーの技術力やコスト構造を踏まえた選定に関わることで、後工程でのコスト上振れリスクを事前に抑えられます。デザインレビューへの参加や、コストテーブルを用いた見積の妥当性検証も、この段階で調達・購買部門が果たせる役割です。

もう一つの関与ポイントが、部品構成・材料の見直しを通じた初期コストの低減です。設計が固まる前であれば、部品点数の削減や標準部品への置き換え、代替材料の提案など、コストへの影響が大きい仕様変更も柔軟に検討できます。

さらに、サプライヤーからの技術提案を設計に反映する提案型調達も、原価企画段階における関与の一つです。サプライヤーが持つ工法や材料に関する知見を早期に取り込むことで、設計部門だけでは気づきにくいコスト最適化の余地を引き出せます。

原価企画において調達・購買部門が果たせる貢献領域

原価企画段階における調達・購買部門の貢献は、価格交渉にとどまらず複数の領域にまたがります。ここでは代表的な貢献領域整理します。

一つ目は、サプライヤーとの価格・コスト管理です。個別の価格交渉だけでなく、複数サプライヤーとの連携による共同購買や、購入時期・購入規模を工夫した調達戦略を通じて、原価企画段階からコスト低減の道筋をつけることができます。

二つ目は、品質・技術とコストのバランスを取ることです。品質基準を守りながら最適なコストで部品や材料を調達するには、サプライヤーの技術力そのものを高めるVA支援が有効であり、価格だけを見た調達では実現しにくい成果につながります。

三つ目は、調達先の分散とリスク管理です。複数のサプライヤーから調達することでリスクヘッジを図りつつ、長期契約によって価格の安定を確保することも、原価企画段階からの重要な貢献といえます。

四つ目は、原価企画への早期関与とコスト見積もりです。製品開発の初期段階から関与し、部品・材料ごとのコストを詳細に見積もることで、原価企画の各段階における達成見通しを設計部門に提供できます。

五つ目は、持続可能な調達への配慮です。環境に配慮した調達は長期的なコスト削減にもつながりやすく、供給の安定性を確保した調達は事業継続計画の観点からも企業のブランド価値向上に寄与します。

参考記事:原価企画とは?原価企画の意味と進め方を解説

サプライチェーン全体に広がる「連鎖的原価企画」という視点

自動車部品業界における原価企画は、完成車メーカーの中だけで完結するものではありません。完成車メーカーが設定する部品の目標原価は、その部品を納入するTier1メーカーにとっての販売価格の上限となり、Tier1メーカーが設定する目標原価は、さらにその先のTier2メーカーにとっての販売価格の上限となる、というように、原価目標がサプライチェーンの階層を通じて連鎖していきます。

この考え方は経営学において「企業間原価管理」として整理されており、自社の原価目標を取引先に示すことで、サプライチェーン全体に原価低減への動機づけを波及させる仕組みとして機能します(Cooper and Slagmulder, 2000)。原価企画が単なる自社内の活動にとどまらず、サプライヤーを含めた原価管理の技術として意味を持つのは、この連鎖構造があるためです。

また調達・購買部門がこの連鎖の中で果たす役割は、単に目標価格を提示することにとどまりません。サプライヤーが目標原価を達成できるよう、VA提案を受け入れる体制を整えたり、生産の安定化に向けた工程改善を後押ししたりすることも、連鎖的原価企画を機能させるうえで欠かせない貢献です。目標だけを一方的に提示しても、サプライヤー側に原価を作り込む余地や体制がなければ、連鎖は途中で機能不全に陥ってしまいます。

 

開発初期〜量産後まで一貫関与がもたらす効果

調達・購買部門が原価低減活動に開発初期段階から量産後まで関与することにより、単なる原価削減にとどまらず、製品ライフサイクル全体を見据えた最適なコスト設計が可能です。言い換えると、フェーズごとに関与のタイミングが変わっても、目指す方向性は一貫していると言えます。

結果として、設計・製造・サプライヤーとの連携が強化されます。原価企画段階からの関与によって各部門との情報連携が習慣化されれば、原価維持・原価改善フェーズでの対応もスムーズになります。原価企画段階で共有された設計意図やコスト構造は、量産開始後の異常検知や改善活動を進めるうえでの判断材料としても活用できます。

こうした一貫した関与を通じて、企業全体の収益性と競争力を着実に高めていくことができます。原価低減は一時的な成果ではなく、継続的な仕組みとして機能し始めるのです。フェーズをまたいだ情報の蓄積が進むほど、次期モデルの原価企画にもその知見を還元できるという好循環も期待できます。

調達・購買部門が原価企画から関与するための4つの土台

いきなり原価企画フェーズへの関与を広げようとしても、現場では戸惑いが先に立つかもしれません。まずは無理のない範囲で、関与の土台を整えることが現実的な進め方です。

第一の土台が、既存サプライヤー情報とコスト構造の可視化です。どのサプライヤーがどのようなコスト構造や技術力を持っているかを整理できていなければ、設計部門への提案材料も揃いません。品目別・サプライヤー別にコストの内訳を比較できる状態にしておくことが、提案の説得力を左右します。

 

第二の土台が、設計部門との早期connectionポイントの設計です。デザインレビューや構想検討会への参加、情報共有のタイミングをあらかじめ決めておくことで、関与が属人的な取り組みで終わらずに済みます。特定の担当者の人脈に依存した連携では、担当者が変わった際に関与自体が途切れてしまうリスクがあります。

第三の土台が、VE活動を単発のイベントではなく仕組みとして定着させることです。継続的な運用体制があってはじめて、原価企画段階での提案が積み重なっていきます。

第四の土台が、原価企画段階での関与実績を定量的に記録し、社内で共有することです。価格交渉の成果と異なり、上流での関与効果は数値化しにくい面がありますが、削減できたと推定される原価やリスク回避の事例を記録として残すことで、活動の意義を社内に説明しやすくなります。

まとめ

トヨタ式の原価管理は、原価企画・原価維持・原価改善という3フェーズを通じて、「原価を作り込む」という一貫した思想で構成されています。製品原価のおよそ8割が設計段階で決まるという指摘を踏まえれば、調達・購買部門の原価低減活動も、原価改善フェーズだけにとどまらず、原価企画段階からの関与を視野に入れることが重要だとわかります。

開発初期から量産後まで一貫して関与する視点への転換が、製品ライフサイクル全体でのコスト競争力を高める第一歩になります。まずは自部門が持つサプライヤー情報や原価情報の整理から、できるところより着手してみてはいかがでしょうか。

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