調達購買部門向け 交渉力強化のポイントを解説

交渉は、バイヤーとしてサプライヤーと行うだけでなく、社内外問わずビジネスでは必須のスキルです。しかしながら、交渉スキルを学ぶ機会は限られており、実際に交渉について学んだことがある人は少ないのが現状です。調達は交渉力が9割と言っても過言ではなく、単純作業以外のほぼ全てにおいて交渉が非常に重要な役割を果たします。

 

バイヤーは、社内外の関係者と日々交渉を行っています。例えば、社内の関係部署とのスケジュール調整や会議での交渉、サプライヤーとの価格交渉などが挙げられます。

 

これらの交渉を成功させるためには、交渉スキルを向上させることが必須です。今回は、その交渉の基礎についてわかりやすく解説します。

 

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交渉を知る

交渉とは、相手との信頼関係を築きながら最適な着地点を見つけるための重要なビジネススキルです。ここでは、交渉に臨む際の心構えや基本的な流れ、そして知っておきたい構造や用語について解説します。

交渉における心構えとは

調達業務における交渉とは、価格や条件、契約などを相手と合意するために討議する行為です。交渉を成功させるためには、主に以下の2つの心構えが重要となります。

      1. Win-Winの状態の構築
        交渉ではお互いの利益の最大化を目指します。特に、調達業務の交渉では発注側が有利になりがちですが、サプライヤー側の利益も考慮し、妥協するところは妥協し、双方の妥結点を見出します。

      2. 交渉を体系的に理解する
        後述する交渉の構造やテクニックを整理・理解し活用するよう努めます。

交渉の流れ

交渉の準備においては、交渉の流れの中で最も多くの時間を割くべき重要な段階であり、この準備こそが交渉の結果を左右すると言っても過言ではありません。

交渉の流れは下記に示す図のとおりとなりますが、準備に一番多くの時間を割き、十分に整ってから万全の状態で交渉に臨むことが重要です。

交渉の流れ

交渉の構造と用語の理解

交渉において、構造を理解し、それを戦略的に活用することは、非常に強力な武器となります。例えば、目標とする価格を設定するだけでなく、その目標を達成するために、相手に提示する価格をどのように設定するか、妥協できる範囲はどこまでか、といった点を事前に明確にしておくことが重要です。これにより、感情に流されることなく、冷静かつ論理的に交渉を進めることができます。

下記に調達部門におけるサプライヤーとの交渉の構造を整理しています。交渉に関する用語の説明も記載していますので、実務で適切に使えるよう、しっかり理解しておきましょう。

交渉の構造と用語
      1. BATNA
        交渉で合意が成立しない場合の最善の案。上図の場合は、調達にとってのBATNAは他のサプライヤーから提示されている910円の見積で発注すること。サプライヤー営業側のBATNAは他の企業に対して営業を行うこと。

      2. 留保価値
        これを下回れば絶対に妥結しないという最低条件。調達担当者にとっては社内における必達の目標値。上図の場合は、営業にとっては850円(最低受注価格)、調達にとっては950円(社内必達目標)

      3. ZOPA
        双方の留保価値の間。この範囲であれば交渉が妥結する可能性がある範囲。上図の場合は、営業と調達双方の留保価値(850〜950円)の間のこと。

      4. 参照値
        世間相場や前例から判断する参考の値。自社基準や他社の見積金額の良いところ取りをした最安の査定値が調達では参照値になる。上図の場合は、図表内の最低査定値である830円。

      5. アンカー
        交渉する際の起点となる条件。上図の場合は、参照値と目標値の中間に位置する870円。アンカーは交渉の基準となるため、できるだけ自分たちの目標値に近い位置でアンカーを設定し、主導権を握ることが大切です。

交渉の準備

交渉は、準備の質で結果が決まると言っても過言ではありません。このパートでは、交渉の準備フェーズにおける重要なステップを分かりやすく解説します。

 

準備は細かなプロセスに分け、一つ一つ順に作業していく必要があります。序盤の情報収集や状況整理が曖昧だと、的外れな交渉となってしまうため注意が必要です。十分な準備時間がとれないような日程での面談申し入れがあれば、それは情報の非対称性が生まれるため、準備期間を確保できる日程で調整しましょう。

目標の設定

交渉における具体的な目標を明確にします。どんな結果を求め、どこまでの妥協が許容範囲とするかを決めます。

 

      1. 目標の数値化・具体化
        1. 目標は必ず数値化や具体化すること。社内必達目標は○○円だが自己のチャレンジ目標は○○円にしたい。契約内容は○○の条件は必ず入れたい等。ここが曖昧では目指すべきものが何なのか迷いが生じることとなります。

      2. 留保価値の設定
        1. 合意する際の最下限である留保価値。これを設定しておくことにより、どのような準備をし、どんな交渉が必要なのかが決まります。

情報収集

対象案件についてのあらゆる情報を集めます。対象案件に関する情報を収集する際は、一つの情報源に頼るのではなく、複数の情報源を活用することが重要です。これにより、得られる情報の量が増えるだけでなく、情報の確度、つまり情報の信頼性や正確性も向上します。



情報収集内容のテンプレート化

交渉事案は正式値決めや値上げ申請、その他事案とカテゴリー別に分けることができます。

下記に記載の図は、情報収集内容のテンプレートイメージです。何の交渉を行うかにより集める情報は異なるため、テンプレート化して集めるべき情報がすぐにわかるように整理しておきましょう。また、情報収集を綿密に行うことにより、相手よりも相手を知ることができ、交渉の場で優位に立つことができます。

情報収集内容のテンプレート化

戦略立案

交渉を成功させるためには、まず今回の交渉の目標を明確に再確認し、それを達成するための戦略を綿密に練ることが不可欠です。目標が曖昧なまま交渉に臨むと、相手に主導権を握られ、不利な条件で妥結してしまうリスクが高まります。

 

そして、交渉相手の立場やニーズを深く理解することも、交渉戦略を立てる上で非常に重要です。相手の立場やニーズを把握できれば、交渉の際にどのような提案をすれば相手が納得してくれるのか、どのような点で譲歩できるのかを予測することができるため、交渉準備の中でも最も時間をかけるべきプロセスです。十分な時間をかけて情報を収集し、相手の立場やニーズを深く理解することで、交渉を有利に進めることができるでしょう。

戦略

この数値を伝えたら相手はどのような反応をするか。相手の留保価値を厳しめのアンカー値で導き出しチャレンジ目標をクリア出来る範囲にZOPAを移動させる。など交渉戦略を考えます。後述する交渉術で必達目標値を達成できる様に綿密に戦略を練りましょう。

交渉の用語

共有とシミュレーション

      1. 共有
        情報整理した内容や戦略を、上長や交渉に同行する関係者と共有します。これを行うことにより事案の理解を深め、同行者が交渉の場で食い違う発言をしてしまうことを防ぎます。

        1. 共有する内容
          対象事案の経緯や現状、特に重要となる箇所を主に共有します。

        2. 他者の意見を聞く
          同行者の異なる意見はとても貴重であり尊重すべきもの。同行者からもよくヒアリングし他部署の考えも考慮します。都度議論し綿密に内容を共有します。
      1. シミュレーション
        立案した交渉戦略を実行するために誰が何の話をし、いくつかの返答パターンを想定しどのように交渉を進めていくかを相手役をたて、実際の交渉をシミュレーションします。これをすることによりある程度の返答は想定でき、そのための資料も事前に準備することが可能となります。

        1. 練習が必要
          誰しもが交渉での失敗経験があり、その経験を活かして成長します。シミュレーションを交渉前に何度も行うことにより経験値がたまり、本番の交渉で良い結果を出すことが出来ます。

        2. シミュレーションの標準作業化
          シミュレーションを交渉前の標準作業とします。はじめは恥ずかしさがありシミュレーションに後ろ向きになりますが、標準作業化し交渉スキルの向上を図ります。

交渉のポイント3選

実際の交渉の場で役立つポイント3選について、それぞれをわかりやすく解説します。 さらに、交渉のポイント3選を踏まえた上で、相手と合意形成に至るまでの流れについても具体的にご紹介します。

 

「BATNA」のような聞きなれない言葉も出てきますが、交渉を学ぶ上では必須知識となりますので意味や使い方を含めて必ず覚えてください。まずはこの3つのポイントを体系化し交渉の場で自然と取り入れることが出来るようになれば、交渉を有利に進めることが出来るでしょう。

交渉のポイント3つ

交渉のポイント1:ロジカルシンキング

面談冒頭の雑談を終え、本題に入ったら、下図の通り徹底的に論理的に話を進めます。相手への返答には、数値や具体的なエビデンスを用い、感情的にならず論理的に話すことで、つけ込む隙を与えないようにすることが重要です。

 

常に数値やエビデンスに基づいた論理的な説明を心がけることで、相手を説得し、交渉を有利に進めることができます。しかし、論理的に話すだけでなく、相手の状況を理解し、尊重することも大切です。相手の立場やニーズを考慮し、柔軟に対応することで、より良い結果を得ることができます。

交渉のポイント01ロジカルシンキング

交渉のポイント2:理解した構造を活用

下図の通り、BATNAを核に交渉を有利に進めます。強いBATNAの用意、アンカーの落としどころ、留保価値の予測、ZOPAの範囲が交渉の行方を大きく左右することとなります。

交渉のポイント02BANTA

交渉のポイント3:心理効果

交渉を成功に導く代表的な心理効果について、下記図にて6つ紹介します。

 

心理的な影響は場合によっては交渉に大きな影響を及ぼします。心理効果を知ることにより、相手が使用してきた場合も冷静な判断が出来るため、いくつか知っておいて損はないでしょう。

交渉のポイント03心理効果

合意形成

ここまでに学んだ交渉ポイントや事前準備で同行者と練った戦略を用いて、相手との合意形成を図ります。

査定内容の説明

準備した査定内容を細かく論理的に説明し、相手とよく会話をしましょう。準備した戦略をシミュレーション通りに進め、しっかりとした想定問答を用意し、その通りの流れとなるよう心がけます。

合意内容の検討

お互いの希望価格や条件をよく汲み取り、BATNAや心理効果を駆使し合意内容を検討します。妥結できず歩み寄れない場合はもう一度戦略を考えて再交渉を行います。今回の査定で解消できない課題については継続的な課題とし、年度をまたいだ課題解消計画の策定を約束して合意形成するのも有効手段です。

合意

確実な最終確認を行い、相違や漏れが無くWin-Winの状態かつ利益の最大化が構築されていれば合意をします。他の相手とも同時並行で交渉を行っている場合は、最終回答をアナウンスし公平公正の回答をもらうよう心がけましょう。

事例紹介

交渉の基本やポイントを押さえたら、実際の現場でどう活かされているのかが気になるところです。ここでは、調達購買担当者が日常的に直面する3つの交渉シーンを取り上げ、実務での進め方やコツを具体的に紹介します。

交渉Case study①:取引先との価格交渉

バイヤーのメイン業務である取引先との価格交渉です。発注したい部品はあるが対応出来るのは既存取引先の中で1社のみ。価格が目標値をオーバーして対応方法に困っているという日常的によく遭遇するパターンの交渉です。交渉テクニックを駆使して対応方法を考えてみましょう。

状況

取引先A社と新規プロジェクトの部品値決めを実施する。この部品は図面や工法の見直しを行ったが既存の取引先では取引先Aしか対応出来ない。見積りは2500円で提出があり、これ以上の値下げは昨今の材料値上げや労務費負担増により難しいとの回答。調達の社内目標値は2300円。同社の類似品比較での査定では現在の市況環境で2300円は妥当な価格である。これらの状況を打破すべく交渉を実施する。どのように対応すべきか。

交渉方法

強いBATNAを確保する

 

競合相手となる他取引先を探す

取引先Aは調達側に他取引先がいなく自社に発注するしか方法がないとわかっているための強気価格。特許や特別な 技術がないかぎりは1社しか作れない部品はほぼ存在しなく、競合他社の存在を知れば考えは変わる。 同品目で最低3社の競合相手を確保出来ると調達側に有利 な競争原理が働く。取引先BやCから2350円程度の見積りを引き出すことが出来れば強いBATNAを持ち取引先Aと交渉出来る。これらにより取引先Aの留保価格がかわり調達側から有効なアンカーを落としやすくなる。

交渉Case study②:設計との設計変更交渉

取引先だけではなく社内の設計との交渉も頻繁に起こります。良い関係を保ちながら合意形成するにはどうすれば良いか考えてみましょう。

状況

設計部から新規部品の見積り依頼があった。この部品は複雑な構造があり現在の取引先では対応が難しく新規取引先を開拓して対応する必要がある。その対応をしたとしても目標値をクリアできるかは不透明。これでは開発日程を守ることが出来ないため設計部に設計変更を打診したいが設計者は他部品の開発もあるため設計変更には後ろ向き。

交渉方法

アンカーの設定

 

現行の設計ではコストだけでなく日程面でもリスクがあることを提示

この交渉では、まず初期アンカーを設定し、現行設計の維持がコスト高騰を招くだけでなく、製造工程の不確実性による日程遅延のリスクも伴うことを具体的な数値や事例を用いて示す。設計部は日程遵守を重視し、設計変更に消極的な姿勢を取っているが、調達部としては、そのままでは目標コストが達成できず、結果的にスケジュールにも影響を及ぼす可能性があることを強調する。ここでの初期アンカーは、コストだけでなく納期リスクも含めたものであり、設計部に現状の不利益を明確に認識させる役割を果たす。

さらに、設計変更によって既存取引先での生産が可能になれば、コスト削減だけでなく、製造の安定化により納期リスクも低減できることを具体的なシミュレーションを交えて示す。このアプローチにより、設計部の「現行設計維持=日程遵守」という考えを見直させ、コスト削減と納期リスク低減の両面でメリットがあることを理解させる。結果として、設計部の留保価値が調整され、双方が合意可能な交渉領域(ZOPA)が拡大する。初期アンカーによる交渉基準の明確化と、設計変更の付加価値を示すことで、ウィンウィンの合意へと収束させることが可能となる。

交渉Case study③:原価企画部門との目標値交渉

調達として達成しなければならない目標値。検討しても達成不可能であれば早急に原価企画部門との交渉が必要となります。どのような対応が望ましいか考えてみましょう。

状況

新規部品で原価企画部門から提示された目標値が非常に厳しく、取引先の原価を考えても対応不可能なものであった。現実的に対応可能な目標値に変更したいため原価企画部門と交渉したい。

交渉方法

ZOPA(Zone Of Possible Agreement)の形成

 

他の部品との合計で交渉

目標値が厳しい部品はコスト低減の努力はしたが目標値に届かなかった理由を細かく伝え、他の部品で目標値達成見込みのものがあればそれらとの合計値で交渉する。部品単体では原価企画部門の留保価値と調達の留保価値は重なっておらずZOPAを形成出来ていないが他部品との合計値にすることにより留保価値が動きZOPAが形成され妥結可能となる。

 

※社内に交渉駆け引きは必要だが、戦略的に数値を誤認させたり隠したりすることはNG。企業利益の毀損原因となる。調達側から有効なアンカーを落としやすくなる。

まとめ

交渉は、体系的に学ぶことが可能なスキルです。各自が業務の中で見様見真似で習得してきた交渉のやり方を改めて体系化し学び直すことで、より高いレベルの交渉を実践できるようになります。

 

調達部門の交渉力の向上は、企業の収益性や競争力に直接影響を与えます。価格交渉はもちろん、品質や納期、契約条件など、多岐にわたる交渉の場面に対応するためには、個人の経験に頼るだけでは限界があります。だからこそ、交渉をスキルとして捉え、継続的に強化していくことが重要です。

 

交渉力の強い調達部門が企業を支えます。ぜひ交渉力の強化を教育プランのひとつに加えてみてはいかがでしょうか。交渉力は一朝一夕で身につくものではありませんが、学びと実践を重ねることで、確実にレベルアップしていくことができます。

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A1A編集部
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