「Scope 3を30%削減」という全社目標が降りてきた。しかし調達現場で実際に起きるのは、送ったアンケートが返ってこない、返ってきても単位がバラバラ、催促すると「うちには計算できる人がいません」と言われる——という消耗戦です。
自動車業界では、走行時のCO2がゼロになるEVシフトが進んだ結果、自動車全体の環境性能(LCA:ライフサイクル全体での排出量)評価の焦点が「走らせるとき」から「つくるとき・運ぶとき」へ完全に移りました。鋼材・アルミ・樹脂・電子部品といった調達品の排出量、すなわちScope 3カテゴリ1が、車1台の環境性能を左右する主戦場になっています。
本記事では、環境省・経済産業省のガイドラインに沿ったScope 3算定の基本構造を押さえた上で、自動車部品業界の共通ルールであるJAPIA LCI算出ガイドラインの中身にまで踏み込み、部品サプライヤーからCO2排出量データを回収・検証・可視化するまでの実務手順を解説します。
1. 自動車部品のグリーン調達管理において、なぜ「部品のCO2排出量(一次データ)」が求められるのか
1-1. 発注金額ベースの推計(二次データ)が抱える2つの壁
多くの企業のScope 3カテゴリ1は、発注金額(円)× 産業連関表ベースの排出原単位という簡易計算で算定されてきました。全体像を素早くつかむには合理的な手法ですが、削減フェーズに入ると次の壁にぶつかります。
① サプライヤーの削減努力が反映されない
例えば取引先が工場に太陽光パネルを設置して、高効率モーターに更新しても、発注金額が変わらなければ自社のScope 3は1グラムも減りません。努力した企業が報われない構造は、協力を得る上でも機会損失です。
② 値上げすると排出量が増える「逆転現象」
例えば、購入額ベース(二次データ)で算定している場合、市況の高騰で部材単価が上がると、製造物量や生産工程が変わっていなくても、計算上のCO2排出量が不自然に増加するケースがあります。このようにデータの乖離が生じると、製品構造や製造工法の見直しによる原価・CO2の同時削減施策(VA/VE)の効果を正しく測定・評価できなくなります。
1-2. 国際的な各種制度・規制が「実測値」を要求し始めた
一次データへの移行は、社内方針ではなく外部制度からの要求へと性質が変わりつつあります。自動車・部品業界に直結する動きを整理します。
| 動き | 調達実務への影響 |
| EU電池規則(CFP申告・電池パスポート) | 電気自動車用電池は2025年2月以降、CFPの申告が求められる枠組み。原材料デューデリジェンス義務は2027年8月へ2年延期されたが、CFPと電池パスポート(2027年2月)の期限は維持。電池関連部材は製品単位のCFP提出が事実上の取引条件に |
| CBAM(EU炭素国境調整メカニズム) | 2026年1月から本格適用。鉄鋼・アルミ製品等をEUへ輸出する場合、製品に含まれる実排出量の把握が必要。上流の素材メーカーへのデータ要請が連鎖する |
SBTi 企業ネットゼロ基準 V2.0(2026年6月発行) | Tier 1サプライヤーのうちSBT設定済み企業の割合を高める「サプライヤー整合目標」が選択肢に。V1.3.1は2027年末まで有効で、2028年以降の目標更新でV2.0が本格適用 |
| GHGプロトコル Scope 3基準の改定議論 | データ品質のTier分類と、高精度データ(固有係数・直接計測)比率の開示を求める方向。完成は2027年末目標 |
※2026年8月時点の情報を元に、弊社で作成
1-3.環境省もCO2排出量算定におけるサプライヤーの「部品のCO2排出量(一次データ)」を明確に打ち出した
国内でも方向性は同じです。環境省・経済産業省は「サプライチェーンを通じた温室効果ガス排出量算定に関する基本ガイドライン」をVer.2.8(2026年3月)まで改訂を重ねる一方、2025年3月には「1次データを活用したサプライチェーン排出量算定ガイド Ver.1.0」を公表しました。同ガイドは、一次データを2種類に整理しています。
| 種別 | 内容 | 入手難易度 | 使いどころ |
| 製品ベース排出量データ | 特定の製品・部品1単位あたりの排出量(CFP) | 高い | 主要部品、EU向け製品、OEM要求案件 |
| 組織ベース排出量データ | サプライヤーの事業所・企業単位のScope 1・2排出量 | 相対的に低い | 一次データ移行の入口。按分して製品単位に展開 |
図表は弊社で作成
推奨される優先順位は、製品ベース → 粒度の高い組織ベース → 企業レベルの組織ベース(要按分) → 二次データという段階的アプローチです。同ガイドも「全サプライヤーから一度に一次データを集めることは現実的ではない」と明言しており、優先順位付けこそが実務の出発点であることが分かります。
2. 調達部門が押さえたいScope 3算定の基本構造
2-1. 基本式
サプライチェーン排出量は、自社の直接排出(Scope 1)・エネルギー起源の間接排出(Scope 2)・その他の間接排出(Scope 3)の合計で構成されます。Scope 3の各カテゴリは、原則として次の式で算定します。
排出量 = 活動量 × 排出原単位
・活動量:事業活動の規模を示す量。原材料の購入量(t)、部品の調達個数、電力使用量(kWh)、貨物輸送量(トンキロ)等
・排出原単位:活動量1単位あたりのCO2排出量。鋼材1tあたり、電力1kWhあたりなど
排出原単位は、環境省「グリーン・バリューチェーンプラットフォーム」が公開する排出原単位データベース(Ver.3.5、2025年3月)などを使用します。
2-2. 調達部門が主に管理すべき3つのカテゴリ
まずはカテゴリ1に集中するのが定石です。製造業ではカテゴリ1がScope 3全体の過半数を占めることが多く、削減インパクトも最大だからです。
| カテゴリ | 該当する活動の例 | 主なデータ収集項目 | 収集先 |
| カテゴリ1:購入した製品・サービス | 鋼材・アルミ・樹脂の調達、電子部品・加工品の購入、外注加工(プレス・鋳造・めっき等) | 品目別の年間調達量(重量・個数)、調達金額、製品単位CFP | 直接材サプライヤー |
| カテゴリ2:資本財 | 製造設備、プレス機、金型、検査装置の購入・増設 | 年間設備投資額、設備別の製造時排出量 | 設備メーカー、社内経理 |
| カテゴリ3:輸送、配送(上流) | サプライヤーからの部品輸送、調達物流・milk run、海外調達の海上輸送 | 輸送重量、輸送距離(トンキロ)、燃料使用量、輸送モード | 物流事業者、購買システム |
3. 【専門編】JAPIA LCI算出ガイドラインを調達実務でどう使うか
ここからが自動車部品調達の本題です。サプライヤーに「CO2排出量を出してください」と伝えても、算定ルールが共有されていなければ、返ってくる数値はバラバラで比較不能になります。この共通言語の役割を担うのが、一般社団法人日本自動車部品工業会(JAPIA/部工会)が策定したJAPIA LCI算出ガイドラインです。
3-1. 前提:「JAPIAシート」と「LCI算出ガイドライン」は別物
調達現場で最も多い混同です。名前が似ているうえ、どちらも「サプライヤーに提出を求める環境データ」であるため、社内でも取り違えが頻発します。
| 目的 | 対象 | 主なツール | |
| 物質調査(JAPIAシート系) | 含有化学物質の情報伝達。RoHS・REACH・ELV指令等への適合確認 | 部品に含まれる化学物質(鉛・カドミウム・SVHC等) | IMDS、chemSHERPA(JAPIAも推奨ツールを整理・通知) |
| LCI算出ガイドライン | 環境負荷量(CO2等)の算出方法の標準化 | 部品を「つくる/使う」ときのエネルギー・排出 | JAPIA LCI算出ガイドライン付則データ表 |
前者は「製品に含まれる化学物質の調査用」、後者は「温室効果ガス(CO2等)の環境負荷量算出用」の基準です。グリーン調達基準書を改訂する際は、この2系統を明確に分けて記載する必要があるため、既存の物質調査ルートに相乗りさせようとすると、サプライヤー側の担当部署(品質保証 vs 環境・生産技術)が異なるため、かえって滞留します。
3-2. 何を定めたガイドラインか——対象範囲(システム境界)
JAPIA LCI算出ガイドラインは、2026年執筆時点では第二版(平成28年4月/付則2は平成30年5月)が最新公開されており、主にOEMのサプライチェーンの一員として環境負荷を算出できるようにすることを目的としています。
対象となる段階
製造段階:材料製造段階/購入部品製造段階/自社製造段階
使用段階:自動車に搭載された状態での環境負荷
対象外(システム境界の外)
輸送段階
廃棄/リサイクル段階
調達実務で決定的な相違点として、LCI算出ガイドラインに沿って提出された数値は、輸送と廃棄を含んでおらず、 一方で、OEMやEU規制が求めるCFPはライフサイクル全体を対象とすることが多く、そのまま流用すると範囲の不一致が生じます。要請文書には必ず「システム境界」を明記させることが重要です。
なお、第二版で追加された「使用段階」の評価は、完成品ではなく中間製品(部品)の使用段階を評価する点も、自動車業界では新しい試みです。部品単体では燃費を語れないため、車両全体の負荷を部品へ配分するという発想も必要な要素です。
3-3. 算出の骨格:「MP原単位積み上げ法」
本ガイドラインが採用するのはMP原単位積み上げ法です。材料(Material)と工程(Process)を一義的に関連付け、材料を特徴づける単位量あたりに、その工程で発生する環境負荷量を係数として積み上げていきます。
製造段階の算出は4ステップ
1.自動車部品の材料構成調査(何が何グラム使われているか)
2.材料段階の環境負荷算出
3.製造段階の環境負荷算出
4.環境負荷の積算
この構造には、調達側にとって見逃せない利点があります。製造段階では、基本的に配分(アロケーション)の必要が生じないとされている点です。工場全体のエネルギー使用量を製品別に按分する作業——サプライヤーが最も嫌がり、最も揉める工程——を原則として回避できます。「うちは多品種少量なので按分できません」と言われたときに、代替ルートとして提示できる有力なカードです。
3-4. 電子部品は「質量」ではなく「機能」で見る
次にECU、センサー、車載ディスプレイなど電子部品を扱うバイヤーが必ず押さえるべき論点です。
本ガイドラインは、電子部品について端子数を機能の代替指標として用い、半導体集積回路については質量ではなくチップ面積など機能に依存する環境負荷を評価する考え方を採ります。
理由は単純で、半導体の環境負荷は重さに比例しないからです。数グラムのICが、数百グラムの鉄板より遥かに大きな製造時排出を持つことは珍しくありません。重量ベースの原単位を電子部品に一律適用すると、EV・ADAS領域の排出量を著しく過小評価します。
実務上の含意は明確です。電子部品サプライヤーへの依頼書に「質量(g)」しか記入欄がないなら、その様式は設計ミスです。品番・端子数・プリント基板面積を必ず項目に含めてください。
3-5. サプライヤーが実際に提出するもの(付則データ表)
評価にあたっては、ガイドラインの付則1(製造段階データ表)/付則2(使用段階データ表)に定められた項目・数値を用います。バイヤーが押さえるべき収集項目は次の通りです。
| 段階 | 目的 | 対象 |
| 製造段階 | 材料構成(材料名称・質量・個数) | 部品表(BOM)や図面から取得可能。環境担当者がいなくても設計・技術部門なら出せる |
| 電子部品の品番・端子数 | 機能代替指標。電装品では必須 | |
| プリント基板の面積 | 同上 | |
| 使用段階 | 部品質量 | 質量由来の配分に使用 |
| 消費電流(電力消費部品) | 消費電力由来の配分に使用 | |
| 入力仕事量(動力使用部品) | 軸出力由来の配分に使用 | |
| 原動機損失への影響度 | エンジン損失に直接関連する配分に使用 |
使用段階の配分は、①質量/②消費電力/③動力(軸出力)/④原動機損失に直接関連するもの/⑤①〜④の合計の5つの方式で整理されます。たとえば「質量由来の配分」は、車両全体を加速するのに必要な仕事量を、各部品の質量に基づいて配分する考え方です。
「電力を食う部品なのか、重い部品なのか、抵抗になる部品なのか」で評価軸が変わるため、削減提案の切り口——軽量化か、低消費電力化か、フリクション低減か——を、サプライヤーと同じ言葉で議論できるようになります。
3-6. JAMA CFPガイドラインとの関係、そして限界
自動車業界には、完成車側のルールとしてJAMA(日本自動車工業会)「自動車製品のカーボンフットプリントガイドライン 2024年版」があります。両者の役割分担は次の通りです。
| JAMA CFPガイドライン 2024年版 | JAPIA LCI算出ガイドライン | |
| 主体 | 完成車メーカー | 部品サプライヤー |
| 準拠規格 | ISO 14040/14044/14067 | LCAの考え方に基づく業界標準 |
| 範囲 | 材料製造から廃棄・リサイクルまでのライフサイクル全体 | 製造段階+使用段階(輸送・廃棄は対象外) |
| 影響領域 | 気候変動のみ | 環境負荷全般(CO2、NOx、SOx等) |
| 関係 | 部品・車両製造段階の加工工程係数の参照元としてJAPIA LCIを活用 | 完成車側CFPの構成要素を供給 |
JAMAガイドラインは一次データについて、時間的範囲を直近1年間(または同等の妥当性が得られる範囲)、複数拠点でデータを収集する場合は生産量に対して累計50%以上の収集を求めています。OEMからCFP提出を求められる立場のサプライヤーには、この水準が実質的な合格ラインとして降りてきます。
押さえておくべき限界と注意点
・輸送・廃棄が範囲外:Scope 3カテゴリ4(上流輸送)は別途収集が必要。LCI数値だけで完結させない
・電力の排出係数の基準:ロケーション基準(全国平均)か市場基準(電力メニュー実績)かで結果が変わる。サプライヤーの再エネ導入努力を評価したいなら、市場基準の数値も併記させる運用にする
・「削減貢献度合い」との混同に注意:JAPIAには別途「自動車部品における環境負荷削減貢献度合い算出方法ガイドライン 第1版(令和6年3月)」があります。
これはLCI算出ガイドラインが求める環境負荷の絶対値とは異なり、従来品との比較相対値を扱うものです。サプライヤーの提案書に「CO2を年間○t削減に貢献」とあった場合、それは自社Scope 3から差し引ける数値ではありません。この点を混同すると、削減実績のダブルカウントという開示上の重大リスクになります。
3-7. バイヤー向け:LCIデータ要請時のチェックポイント
| 確認項目 | なぜ必要か |
| システム境界(製造段階のみか、使用段階を含むか) | 輸送・廃棄が含まれないことを社内に周知するため |
| 準拠したガイドラインとバージョン | 数値の比較可能性を担保するため |
| 材料構成データの取得元(BOM/実測) | 精度と更新頻度の判断のため |
| 電子部品の扱い(端子数・基板面積の記載有無) | 電装品の過小評価を防ぐため |
| 電力排出係数の基準(ロケーション/市場 | 再エネ導入の反映可否を判断するため |
| 対象期間 | 直近1年が原則。年度と暦年の混在を防ぐため |
| 複数拠点の場合のカバー率 | JAMAガイドラインは生産量の累計50%以上を要求 |
| 絶対値か削減貢献量か | ダブルカウント防止のため |
なお、業界標準の先にはウラノス・エコシステム(国内のデータ連携基盤)、Catena-X(欧州自動車産業のデータスペース)、WBCSD PACT(業界横断の共通仕様)といった、データを企業間で流通させる基盤があります。ウラノスとCatena-Xは相互運用の実証が進んでおり、CFPが「価格・品質・納期」と並ぶ調達データとしてシステム間を流通する前提で、様式を設計しておくのが得策です。
4. サプライヤーへのCO2データ要請を成功させる5つのステップ
環境省が示す算定プロセス(目的設定 → 対象範囲確認 → 分類 → 各カテゴリ算定)を、調達現場が動ける粒度に翻訳した5ステップです。
ステップ1:目的を言語化し、対象を絞り込む
すべての取引先に一斉に詳細算定を求めると、受発注双方の業務がパンクします。 環境省ガイドラインも「まず算定の目的を明確にし、段階的に取り組むこと」を求めています。
まず社内で、「何のためのデータか」を一文で言い切れる状態にします。
例A:EU向け輸出製品のCFP提出要求に応えるため(→ 製品ベースデータが必須)
例B:SBT目標に対する進捗をモニタリングするため(→ 組織ベースデータで足りる)
例C:削減余地の大きい工程を特定するため(→ 工程別の活動量が欲しい)
目的が違えば、必要なデータの粒度も、依頼すべき相手も変わります。ここを曖昧にしたまま「とりあえず全社アンケート」に走るのが、回答率が上がらない最大の原因です。
その上で、次の2軸で対象を絞ります。
軸① 金額・物量の上位集中(パレート分析) 全調達額または調達重量の上位80%を占める主要サプライヤーを抽出し、優先要請対象とします。多くの企業で、対象社数は全取引先の10〜20%程度に収まります。
軸② 排出強度の高い工程(高負荷品目の特定) 金額が小さくても排出量が大きい品目があります。以下は自動車部品で優先度が高くなりやすい領域です。
鋳造・鍛造品(溶解炉のエネルギー消費が大)
熱処理・焼結工程を含む部品
アルミダイカスト、押出材
めっき・塗装・表面処理
電炉/高炉由来の鋼材、電池関連部材
半導体・電装部品(前述のとおり、質量では測れない)
優先度マトリクス(調達金額 × 排出強度)
排出強度:低 | 排出強度:高 | |
|---|---|---|
調達金額:大 | 第2優先(組織ベースデータから) | 第1優先(製品ベースCFP/LCIデータを要請) |
調達金額:小 | 第4優先(二次データで推計を継続) | 第3優先(業界平均+個別ヒアリング) |
ステップ2:サプライヤーを「算定成熟度」で仕分ける
環境省の「バリューチェーン全体の脱炭素化に向けたエンゲージメント実践ガイド(2025年3月改訂版)」は、取引先の状態を4段階に分けて支援内容を変えることを推奨しています。同じ依頼文を全社に送らない——これだけで回答率は大きく変わります。
| 段階 | 発注側が行うこと |
| Stage 0 排出量算定が未着手 | 意識醸成、省エネ法・温対法(SHK制度)やScope 1・2算定方法のレクチャー。まずは検針票の数値提出から |
| Stage 1 Scope 1・2を算定済み | Scope 3算定方法のレクチャーと簡易算定ツールの提供 |
| Stage 2 Scope 3・CFPを算定済み | 一次データを活用した算定方法のレクチャー、製品単位への按分支援 |
| Stage 3 一次データを活用した算定を実施 | 削減目標の共有、共同削減プロジェクト、第三者検証の推奨 |
現実には、Tier 1の一部がStage 2〜3、Tier 2以下の大半がStage 0〜1です。初回の調査票に「貴社の算定状況」を尋ねる設問を1問入れるだけで、この仕分けは可能になります。
ここで前章のLCI算出ガイドラインが効いてきます。Stage 0〜1の企業に「CFPを出せ」と言っても動きませんが、「部品の材料構成(材料名称・質量・個数)を教えてください」であれば、設計・技術部門が図面とBOMから回答できます。環境担当者不在でも回答可能な入口を用意することが、回収率を左右します。
ステップ3:様式を標準化し、入力負荷を極限まで下げる
自社独自の難解なエクセルシートを配布することは避け、サプライヤーの入力負荷を下げることが、回収率に直結します。
業界標準・共通基盤に寄せる
- JAPIA「LCI算出ガイドライン」付則データ表:部品業界の共通言語。他のOEM向けにも再利用できるため、サプライヤーの心理的抵抗が小さい
- JAMA「自動車製品のカーボンフットプリントガイドライン 2024年版」:完成車側の要求水準を把握する
- 経済産業省・環境省「カーボンフットプリント ガイドライン」および別冊「CFP実践ガイド」(2025年3月)
- ウラノス・エコシステム/Catena-X/WBCSD PACT:将来のシステム間連携を見据えた項目設計
入力項目を段階的に上げる 初回から複雑なLCA算定を求めてはいけません。ハードルは次の順で上げます。
- 年間の電力・都市ガス・重油等の使用量(検針票の数値をそのまま転記)
- 自社(当該工場)のScope 1・2排出量
- 部品の材料構成データ(LCI算出ガイドライン付則1相当)
- 当社向け納入品への按分値(売上高按分・重量按分など、按分ロジックを明記)
- 主要製品1個あたりのCFP(製品ベースデータ)
特に有効なのは、「当社向け出荷額または出荷重量の全社比(%)」を1問入れておくこと。全社の排出量と按分比率さえ得られれば、当社向け排出量は調達側で算出できます。サプライヤーに難しい配分計算をさせない設計が、回答率を守ります。
ステップ4:説明会を開き、「共創のストーリー」を提示する
メールで調査票を送るだけの運用では、未提出と遅延が必ず多発します。 オンライン説明会を開催し、調達部門の責任者が直接、趣旨を語ることが不可欠です。
説明会で必ず伝える4点
- 社会的要請と顧客要請の背景:サプライチェーン全体で環境対応を進めなければ、完成車メーカーやグローバル市場から選ばれなくなるという危機感を共有する
- ペナルティ目的ではないことの明言:データを集めて取引を切るためではなく、共に削減施策(省エネ診断・再エネ導入支援など)を進めるための基礎データであると明確に伝える
- データの取扱方針:提出データは機密情報として管理し、開示範囲・保管期間・第三者提供の有無を文書で示す
- 今回のゴールと次回以降の予定:「今年度は組織ベースデータ、来年度から主要3品目のLCIデータ」といったロードマップを先に示し、突然の要求増を避ける
準拠ガイドラインとシステム境界を説明会の資料に明記しておくと、後工程の照会工程が減ります。
ステップ5:回収データを検証し、必ずフィードバックする
提出された数値には、単位の誤り(kgとtの取り違え)、桁ずれ、期間の不一致(年度と暦年)といった誤りが一定割合で含まれます。
スクリーニング(簡易検証)の観点
- ・過去年度データとの前年比が±30%を超えていないか
- ・同業/類似品目の排出原単位(データベース値)と桁が合っているか
- ・単位/対象期間/按分ロジックが明記されているか
- ・集計対象の事業所範囲が明確か(全社か、当社納入拠点のみか)
- ・システム境界が申告どおりか(輸送・廃棄の混入や欠落がないか)
フィードバックの実施 データを回収して終わりにせず、次の情報を匿名化したうえで各社へ返します。
- ・同業種内での排出強度の相対的な立ち位置(分位)
- ・自社Scope 3全体への貢献度
- ・次年度に取り組むと効果が大きい削減施策の候補
「出しっぱなしで何も返ってこない」状態が、翌年の回答率を最も下げます。返す仕組みまで設計して初めて、データ収集は制度になります。
5. 現場で直面する5つの壁と、バイヤーの打ち手
ここで、代表的なシチュエーションを簡単にご紹介します。
| 壁 | 症状 | 打ち手 |
| 1. ノウハウ・リソース不足 | 「計算方法が分からない」 | 材料構成データのみ受領し、算定は調達側が代行 |
| 2. 機密情報の開示拒否 | 「生産量・原価が推測される」 | 原単位化(g-CO2/個)での提出、第三者検証結果のみの共有を許容 |
| 3. 要請過多による疲弊 | 「他社の様式で手一杯」 | 業界標準様式に寄せ、他社提出レポートの写しでの提出を容認 |
| 4. Tier 2以下に届かない | 「二次・三次の実態が見えない」 | Tier 1経由のカスケード+業界共通基盤の活用 |
| 5. 社内が動かない | 「調達だけが孤軍奮闘」 | 設計・生産技術・経営企画を巻き込むガバナンス設計 |
壁1:「計算できない」と言われた場合
専任の環境担当者がいないTier 2/3の中小サプライヤーでは、これが最も多いパターンです。
打ち手:算定を肩代わりする前提で設計する 自動でCO2換算されるExcelフォーマットを配布するか、環境省「グリーン・バリューチェーンプラットフォーム」の無料ツール、省エネルギーセンター等が実施する無料の省エネ診断を案内します。
最終的には、「月次の電力・ガス使用量(検針票の数値)」と「部品の材料構成(材料名称・質量)」だけ提出してもらい、原単位の掛け算は調達側で代行する——ここまで割り切ることで、Stage 0の企業からもデータが取れます。
LCI算出ガイドラインの製造段階が材料構成調査から始まる構造になっているのは、まさにこの実務的要請に応えるためです。材料構成表は環境の専門知識がなくても作成できます。
壁2:「稼働率や原価に関わるので出せない」と言われた場合
エネルギー使用量の開示は、生産効率や原価構造を推測させるため、抵抗感は正当です。
打ち手:粒度を変えて機密性を担保する 工場全体のエネルギー使用量を求めるのではなく、製品1個あたり・重量1kgあたりに按分した「排出原単位(g-CO2/個、kg-CO2/kg)」の形で提出してもらうルールを設けます。あるいは、第三者検証機関の検証結果(数値そのものではなく検証済みである事実と原単位のみ)の共有で足りるとする運用も、環境省の1次データ活用ガイドが示す選択肢です。
さらに有効なのが、LCI算出ガイドラインのMP原単位積み上げ法を使うルートです。製造段階では原則として工場全体からの按分(アロケーション)が発生しないため、稼働率や総生産量を開示せずに部品単位の数値を作れます。「按分できない=出せない」と主張するサプライヤーへの、技術的な回答になります。
壁3:「得意先ごとに様式が違って手が回らない」と言われた場合
サプライヤーは複数の納入先から同種の環境調査票を受けており、回答業務そのものが負担になっています。
打ち手:自社様式へのこだわりを捨てる 他社に提出したCO2排出量レポートの控えや、第三者検証済みデータがあれば「その写しで提出可」とする柔軟な運用を明文化します。様式の統一より、データが集まることを優先してください。JAPIAの付則データ表のような業界標準様式に寄せておけば、サプライヤーは1回の作業で複数の納入先に対応できます。「うちの様式に合わせろ」ではなく「業界の様式に一緒に乗ろう」という立て付けが、交渉を楽にします。
壁4:Tier 2以下の実態が見えない場合
一次データの精度は、結局のところ何層目まで遡れるかで決まります。
打ち手:カスケード方式と業界平均のハイブリッド Tier 1に対して「貴社の主要調達品についても同様のデータ収集を進めてください」と依頼し、階層的に展開(カスケード)します。同時に、当面はTier 2以下を業界平均原単位で推計し、「どこまでが一次データか」を明示した内訳(一次データ比率)を管理指標として持つことが実務的です。Catena-XのPCFルールでも、一次データ比率とデータ品質評価によって数値の信頼度を区別する考え方が採られています。
壁5:社内を巻き込めない場合
打ち手:責任分界を先に決める 設計部門(材料選定・軽量化)、生産技術(工程の省エネ)、経営企画(開示・目標管理)、情報システム(データ基盤)と役割を分担し、サプライヤーへの依頼は調達が一本化するという原則を社内で合意しておきます。特にLCIデータの検証には設計・材料の知識が要るため、技術部門の関与は必須です。複数部門が別々にサプライヤーへ連絡する状態は、壁3を自社内で再生産することになります。
6. データの活用へ:伴走型アプローチで競争力に変える
CO2排出量データの収集と可視化は、脱炭素化のスタートラインにすぎません。環境省のエンゲージメント実践ガイドは、支援策を4類型に整理しています。自社の状況に合わせて組み合わせてください。
① 能力開発型:算定できる状態をつくる 算定方法の研修、簡易算定ツールの提供、個別相談窓口の設置。LCI算出ガイドラインの読み方講座は、Stage 0〜1のサプライヤーが多い場合に費用対効果が高い施策です。
② 評価型:可視化してベンチマークする CO2削減の取り組みが優れたサプライヤーを「グリーン調達パートナー」として表彰し、同業種内での排出強度ランキングを匿名で共有します。競争意識が最も効きやすい打ち手です。
③ 優遇型:ビジネス上のメリットを付与する 優先発注、新車種案件での先行アサイン、複数年契約、支払サイトの短縮など。「協力すると得をする」構造を明示できるかどうかが、翌年の回答率を決めます。
④ 共創型:一緒に削減する 自社の技術者やエネルギー管理士をサプライヤー工場へ派遣し、エア漏れ対策・断熱施工・高効率モーターへの更新といった具体策を伴走支援します。さらに踏み込む場合は、協力会全体で束ねた再生可能エネルギーの共同調達により、単独では割高になる再エネを中小サプライヤーでも導入できる仕組みを構築します。
LCIデータが揃っていれば、この段階で「どの工程を叩けば効くか」が数値で見えるようになります。材料段階が支配的なら軽量化・材料置換、自社製造段階が支配的なら工程の省エネ・電力の再エネ化など打ち手の優先順位が、勘ではなくデータで決まります。
7. 運用を定着させるKPIとロードマップ
単年度で完結する取り組みではありません。
3年程度のロードマップとKPIを、初年度の企画段階で置いておきます。
| 年度 | 主なアクション | KPI例 |
| 1年目 | 対象サプライヤー選定、説明会、組織ベースデータの初回収集 | 回答率70%以上/調達金額カバー率80%以上 |
| 2年目 | 主要品目のLCI・CFPデータ要請、検証プロセスの確立 | 一次データ比率30%/異常値検出率5%未満 |
| 3年目 | 削減目標の共有、共同削減プロジェクト、共通基盤への接続 | Scope 3カテゴリ1の実績値ベース削減率/SBT設定サプライヤー比率 |
特に重視すべきは「一次データ比率」です。 総量の削減率だけを追うと、二次データの推計精度に振り回されて実態が見えません。「Scope 3カテゴリ1排出量のうち、一次データに基づく割合が何%か」を四半期ごとにモニタリングすることで、取り組みの進捗が正しく可視化されます。
まとめ:可視化を起点に、選ばれ続けるサプライチェーンへ
Scope 3におけるCO2データの収集・可視化は、調達部門にとってもサプライヤーにとっても大きな負担を伴う業務です。しかし、その負担は次の4点を守ることで大きく軽減できます。
1.目的を言語化し、対象を絞る——全社一斉ではなく、金額と排出強度の2軸で優先順位をつける
2.業界標準を共通言語にする——JAPIA LCI算出ガイドラインの構造を理解し、自社様式へのこだわりを捨てる
3.相手の成熟度に合わせて依頼を変える——Stage 0の企業には材料構成表から。算定は調達側が代行する覚悟を持つ
4.返す仕組みまで設計する——ベンチマーク、優遇、共同削減。一方通行の要求は必ず失速する。
「活動量 × 排出原単位」という基本式に則った無理のない収集設計を行い、一方的な要求ではなく「共に脱炭素時代を生き残るためのパートナーシップ」として対話を重ねることで、取引先との関係は深まります。
EVシフト、カーボンフットプリント、そしてCBAM。要求は年々重くなりますが、土台となるサプライヤーデータの収集体制は一つです。データの可視化を起点に、サプライヤーと共に持続可能なものづくりを実践していきましょう。
参考・出典
・一般社団法人日本自動車部品工業会(JAPIA)「JAPIA LCI算出ガイドライン 第二版」(平成28年4月/付則2は平成30年5月)
- ・一般社団法人日本自動車部品工業会(JAPIA)「自動車部品における環境負荷削減貢献度合い算出方法ガイドライン 第1版」(令和6年3月)
- ・一般社団法人日本自動車工業会(JAMA)「自動車製品のカーボンフットプリントガイドライン 2024年版」(2024年9月)
- ・環境省/経済産業省「サプライチェーンを通じた温室効果ガス排出量算定に関する基本ガイドライン Ver.2.8」(2026年3月)
- ・環境省「1次データを活用したサプライチェーン排出量算定ガイド Ver.1.0」(2025年3月)
- ・環境省「バリューチェーン全体の脱炭素化に向けたエンゲージメント実践ガイド 令和6年度改訂版」(2025年3月)
- ・環境省「排出原単位データベース Ver.3.5」(2025年3月)
- ・経済産業省/環境省「カーボンフットプリント ガイドライン(別冊)CFP実践ガイド」(2025年3月)
- ・SBTi「企業ネットゼロ基準 バージョン2.0」(2026年6月)
- ・JETRO「EU炭素国境調整メカニズム(CBAM)の簡素化規則の解説」(2026年2月)
- ・経済産業省「ウラノス・エコシステム」
投稿者プロフィール
- A1A編集部
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