【CBAM・欧州規制】海外調達の「グリーンシフト」とは?グローバルサプライチェーンのリスク管理と調達戦略

多くの日本企業にとって、CBAM(炭素国境調整メカニズム)は長らく「GX(グリーントランスフォーメーション)推進担当や輸出実務の個別案件」という認識に留まっていました。しかし、2026年1月の本格適用開始により、制度は単なる報告義務から「炭素価格の支払い」という直接的なコスト負担フェーズへと突入しています。

現在、これと並走するように改正CSDDD、EUDR、EU電池規則、ESPR、さらには2027年開始の英国版CBAMなど、多層的な規制が各々のスケジュールで進展しています。これらの複雑な法規制の本質的な共通項は、「データの透明性を証明できない部材は、市場から排除される」という厳格なルールです。そして、そのエビデンス確保の鍵は、例外なく上流の海外サプライヤーが握っています。

本記事では、海外調達を統括するマネジメント層に向けて、CBAMを中心とする国際規制を「調達リスク」としてどう定量化し、自社の調達基準・サプライヤー評価軸に落とし込むかを解説します。

1. CBAMは「輸出の問題」から「調達の問題」に変わった

1-1. 2026年1月、報告義務からコスト徴収へ

CBAMは、EU域内に輸入される特定製品に対し、製造過程で排出されたCO2量に応じた炭素価格の支払いを求める制度です。いわば「環境版の関税」とも呼ばれます。

例えば欧州委員会は2026年第1四半期のCBAM証書価格をCO2換算1トンあたり75.36ユーロと公表しました。CBAMの炭素価格はEU ETS価格に連動するため、EU域内の炭素価格上昇は、そのまま調達コストに跳ね返ります。

 

1-2. 「うちは欧州に工場がない」が通用しない3つの経路

・経路① 欧州向け輸出品のコスト増:自社製品に使う部材のCO2排出量が高いほど、EU側で必要なCBAM証書の費用が膨らみ、価格競争力に直結します
・経路② 顧客からのデータ開示要求:EU向け輸出企業に部品を納めていれば、顧客の申告のために埋込排出量データの提出を求められます。しかもこのデータは、鋼材メーカーからのデータなしには作れません
・経路③ 各国への規制の伝播:英国は2027年1月から独自CBAMを開始。制度が増えるたび、同じサプライヤーに別様式のデータを求める構造になります

(参考)押さえるべき実務スケジュール

時期何が起きるか
2026年1月本格適用開始。認定CBAM申告者としての登録が必要(申請への回答は原則120日以内)
2026年中2026年輸入分は、通常の四半期ごとの証書購入義務が適用されない
2027年2月1日CBAM証書の販売開始
2027年9月30日2026年輸入分の埋込排出量申告の提出期限
2027年10月31日証書の精算期限

2026年8月時点の情報を元に、弊社で作成

 

2. CBAMの仕組みを、調達目線で理解する

2-1. 課税の基礎は「埋込排出量」

CBAMが問うのは、製品1単位あたりに「埋め込まれた」CO2量です。計算式で表すと次の通りです。

特定埋込排出量 =(直接排出量 + 間接排出量 + 前駆体の質量 × 前駆体の特定埋込排出量)÷ 生産量

・直接排出:生産時の燃料燃焼、加熱・冷却プロセス等

・間接排出:消費電力の発電に伴う排出(品目によって対象になるかが異なるため要確認)

・前駆体:投入した上流材料。鉄鋼分野では粗鋼、銑鉄、DRI(直接還元鉄)、フェロアロイ等

 

調達部門にとって決定的なのは第3項の「前駆体」です。あくまでも一例ですが 自社工程の排出だけでは数値が完成しません。つまり鋼材メーカーから特定埋込排出量(tCO2/t)を取得しなければ、申告書が埋まらないという事になります。

 

2-2. 対象品目——「ねじ・ボルト」まで含む

対象は鉄鋼・アルミの素材だけにとどまらず、加工された下流製品も含まれます。

分野主なCNコード
鉄鋼72類、7310(タンク・ドラム等)、7311(圧縮ガス容器)、7318(ねじ、ボルト、ナット、リベット、座金等)、7326(その他の鉄鋼製品)
アルミニウム76類、76161000(アルミ製の釘、ボルト、ねじ等)
その他セメント、肥料、電力、水素


特に
ボルト・ナット・ねじ(CNコード:7318、76161000等)は、あらゆる機械製品や自動車・製造装置等に使われる汎用部品であり、海外調達比率が極めて高い品目の典型です。7318がCBAM対象品目として指定されていることの実務的なインパクトは非常に大きく、自動車や産業機械などの複合的なプロダクトを製造するメーカーにとっては、膨大な点数の汎用部品について1点ずつサプライチェーンを遡る作業が必要となります。

 

こうした部品は多段階のサプライヤー(Tier 1、Tier 2、それ以上の加工業者および鋼材メーカー等)を経由して製造・納入されるため、単一の自社工程のみならず、上流工程(前駆体)における特定埋込排出量の追跡やデータ取得が著しく困難であるという課題を抱えています。経済産業省が「ねじ・ボルト等におけるEU-CBAM用算定ガイドライン 第2版」(2025年2月)を公表しているのは、この分野における実務的な混乱と算出負荷が極めて大きいためであり、業界全体で標準的な算定手法やデータ連携の仕組みを整えることが急務となっています。

 

3. 【定量化】炭素リスクを「金額」に翻訳する

マネジメント層にとって重要なのは、リスクを金額で語れる状態にすることです。「環境対応が必要です」では予算はつきませんが、「対応しなければ年間○千万円の負担増」なら意思決定が動きます。

3-1. 3ステップの試算法

①対象品目を特定する:品目マスタにCNコードを紐付け、CBAM対象品目を抽出

②埋込排出原単位を把握する:取得できるものは実測値、できないものはデフォルト値+マークアップを仮置き。この時点で「どれだけデフォルト値に頼らざるを得ないか」が可視化されます

③証書価格を掛けて金額化する:目安として75.36ユーロ/tCO2を使用。EU ETS連動のため、上下30%程度の感応度分析も併せて示すと経営判断に耐える資料になります

3-2. 試算テンプレート(参考例)

 列内容
品目名/品番自社の品目マスタから
CNコード対象/対象外の判定根拠
原産国デフォルト値は生産国別に設定される
年間EU向け数量(t)輸出実績または計画
埋込排出原単位(tCO2/t)実測値 or デフォルト値
データ区分/マークアップ後原単位デフォルトの場合は年次の上乗せを反映
想定炭素コスト(円/年)数量 × 原単位 × 証書価格
現地炭素価格の控除見込み原産国の制度と支払実績防止のため
検証コスト(円/年)実測値を使う場合の認定検証者費用

※弊社で独自に作成

 

最終形は「実測値に切り替えた場合の削減額」と「そのために必要なコスト」の比較表です。ここまで作れば、どのサプライヤーに投資すべきかが自動的に決まります。

3-3. デフォルト値のペナルティを金額で見る

実排出原単位が2.10 tCO2/tの部材を例にすると、マークアップは次のように効きます。

2026年(+10%):2.31 → 2027年(+20%):2.52 → 2028年以降(+30%):2.73 tCO2/t

証書価格75.36ユーロ/tCO2で計算すると、1トンあたりの差は2028年以降で約47ユーロ。 年間1,000トンの品目なら年間約47,000ユーロの差です。認定検証者への委託費用と比べれば、 多くのケースで実データ取得が有利になります。

※ あくまでも考え方を示すための計算例です。実際の数値は品目・原産国・年度により異なります。

 

3-4. TCO(総調達コスト)の再定義

従来の評価軸は「部材単価+物流費+関税」でした。ここに炭素コストとデータ取得コストを加えます。

TCO = 部材単価 + 物流費 + 関税 + 想定炭素コスト + データ取得・検証コスト + 規制不適合リスクの引当

国別の炭素リスクを見る際は、①電力の排出係数(IEAの国別排出係数、IGES「グリッド排出係数一覧表」等)、②現地での再エネ調達可能性、③現地のカーボンプライシング制度、の3点を整理し、この式で再計算すると、単価が数%安いだけの高炭素サプライヤーが実は割高だったというケースが算出され、環境対応は「コスト」ではなく「評価軸の組み替え」だと理解できます。

 

4. CBAMだけではない——海外調達に効く規制マップ

欧州の環境法規制は、化学物質規制(RoHS/REACH)からサプライチェーン全体の環境・人権デューデリジェンスへと対象を広げています。

ただし2025年以降、EUは「オムニバス」と呼ばれる簡素化パッケージで複数の規制の範囲と時期を大幅に見直しました。古い情報のまま準備を進めると、過剰投資にも準備不足にもなります。

 規制適用時期・範囲(2026年時点)調達実務への影響
CBAM2026年1月本格適用。年間50トン閾値。2026年輸入分の申告は2027年9月30日、精算は10月31日対象品目の埋込排出量データ取得が必須。デフォルト値にはマークアップ
改正CSDDDEU域外企業はEU域内純売上高15億ユーロ超が対象。国内法制化期限2028年7月26日、適用開始2029年7月26日。民事責任は各国法に委ねられる直接の対象でなくても、取引先経由で人権・環境デューディリジェンス(DD)対応を迫られる
EUDR(森林破壊防止規則)大企業は2026年12月30日、小規模・零細事業者は2027年6月30日へ延期。DD声明の義務は「事業者」に限定。印刷物は対象外天然ゴム・木材・皮革等を含む部品で、原産地の地理座標レベルの証明が必要
EU電池規則EV用電池は2025年2月以降CFP申告が求められる枠組み。電池パスポートは2027年2月。原材料DD義務は2027年8月へ延期電池関連部材はCFPとリサイクル材使用率の証明が取引条件化
ESPR/DPP製品グループごとに委任法令を順次採択。デジタル製品パスポートの導入が進む製品単位の環境情報をデジタルで引き渡せる体制が前提に用
英国CBAM2027年1月1日開始。アルミ・セメント・肥料・水素・鉄鋼の5分野。閾値は輸入価額5万ポンド以上。直接排出のみが対象(間接排出は2029年まで対象外)。証書ではなくHMRCへの税務申告・納付EUと英国の二制度対応が必要。同じ工場の同じ製品でも申告値が変わる

 

 

4-1. 共通するのは「証明できないものは使えない」

規制の名前も所管も違いますが、調達部門への要求は大変似ています。①どこでどう作られたかを特定できること(トレーサビリティ)、②環境負荷を数値で示せること、③その数値が第三者に検証されていること——この3点です。

一度この基盤を作れば、規制が増えるたびに一から集め直す必要はなくなります。 逆にこれがないまま個別対応を続けると、規制の数だけ工数が増え続けます。

英国CBAMとEU CBAMの違いが、その難しさを象徴しています。英国は直接排出のみ、EUは品目によって間接排出を含む。閾値もEUは重量、英国は価額です。対応の要諦は、製造工場から取得する基礎データを共通化し、制度ごとに変換する構造にすること。制度別の様式で二重に依頼すると、回答率が確実に落ちます。

関連記事: 【Scope 3対応】サプライヤーへのCO2排出量データ要請はどう進める?自動車部品調達のための「収集・可視化」実務ガイド

5. 海外サプライヤーの「グリーン評価・選定」5つのアプローチ


アプローチ1:CNコード単位でサプライヤーを棚卸しする

最初の作業は評価軸の議論ではなく、対象の特定です。 ①品目マスタにCNコードを付与して対象品目を抽出、②該当品目のサプライヤー名・製造工場所在地・年間取引量を一覧化、③その品目の前駆体(鋼材等)の供給元まで遡る

特に3番目が最も難航します。加工メーカーは「どの製鉄所の鋼材か」を契約上開示していないことが多いためです。ここを開示させられるかが、実データ取得の成否を分けます。

 

アプローチ2:炭素リスクをTCOに組み込み、ルール化する

第3章のTCOの式を、正式な評価基準として文書化します。重要なのは、調達部門の裁量ではなく社内ルールとして明文化することです。単価だけで選定してきた組織では、「なぜ高いほうを選ぶのか」の説明責任が担当者個人にのしかかります。ルール化がその防波堤になります。

 

アプローチ3:国際認証・第三者検証で監査を標準化する

言語や距離の壁がある取引先に独自の環境調査票を個別送付するのは非効率です。国際的に通用する枠組みに乗せます。

 

 枠組み位置づけ
ISO 14001環境マネジメントシステム。取引の前提条件として要求しやすい
ISO 14064-1/14067GHG排出量の算定・検証、製品カーボンフットプリント
CBAM認定検証者による検証実排出量申告に必須。検証済みデータの提出を標準条件に加わる
CDP等の開示プラットフォーム既に回答している企業からは、その回答の共有を受ける

 

ポイントは「自社様式を減らすこと」です。 他社向けに検証済みデータを持つサプライヤーには、その写しの提出を求めることが推奨されます。

アプローチ4:低炭素素材への代替調達とアライアンス

炭素集約型プロセスからの脱却は、最も効果の大きい打ち手です。グリーンスチール/電炉材(高炉材からの切り替え。供給量が限られるため早期の確保競争になる)、リサイクルアルミニウム(新地金比でCO2を大幅削減。リサイクル材使用率の義務化の流れとも整合)、バイオマス樹脂・再生樹脂(品質認定のリードタイムを考慮)。

いずれも中長期のアライアンス(優先供給協定、共同開発、長期契約)で確保する領域です。スポット調達では取り合いに負けます。設計部門を巻き込み、認定期間を逆算した意思決定が不可欠です。

 

アプローチ5:契約書・購買仕様書に「グリーン条項」を組み込む

基本購買契約書(Master Purchase Agreement)に、最低限これらを盛り込みます。

 

条項内容
データ提供義務規制対応に必要な排出量データを、指定様式・指定期日で提供。更新頻度も明記
前駆体情報の開示主要原材料の供給元・原産国・埋込排出量の開示義務
算定基準の指定準拠する算定ルールとシステム境界の明示
第三者検証への協力認定検証者による検証、必要に応じた現地監査の受入
法令遵守自国の環境規制、および納入先が適用を受ける国際規制の遵守
表明保証提供データが正確であることの保証と、虚偽時の責任
是正措置・解除重大な環境リスクやデータ虚偽が判明した場合の是正期間と解除規定
秘密保持の範囲排出量データの取扱範囲(規制当局・納入先への提供可否を含む)


サプライヤーが開示に抵抗する最大の理由は、原価や生産量が推測されることへの懸念です。用途と開示範囲を契約で限定することで、結果的に取得を早めることが可能です。

6. データが出てこないときの現実解

海外調達では「出てこない」ことのほうが多いのが実態です。

 

類型実態対応
① 企業秘密として出せない排出量から生産量・原価が逆算されることを警戒契約で用途・開示範囲を限定。総量ではなく1トンあたりの原単位のみを求める
② 算定能力がない専任者不在。算定方法を知らない活動量(燃料・電力使用量、生産量)だけ提出させ、算定は自社側で代行
③ そもそも把握していない前駆体の供給元すら記録していない記録開始の合意と、当面のデフォルト値運用を並行

図表は弊社で作成

 

②と③は時間で解決できますが、①は契約でしか解決できません。 契約書の改訂を後回しにすると、②③の解決も進みません。

 

デフォルト値で一旦回すという判断

すべてを実データで固める必要はなく、データ取得の判断基準はシンプルに考えることができます。

 

(デフォルト値と実測値の差 × 年間数量 × 証書価格)>(検証費用 + データ取得の社内工数)
なら実データ化に投資する。逆なら当面デフォルト値で運用する。

ただしマークアップは年々拡大します。今年の判断が来年も正しいとは限らないため、年次で再計算する仕組みにする必要があります。

 

調達先切り替えの判断トリガー

・契約改訂時にデータ提供義務条項の受入を拒否した

・2年連続で活動量データすら提出されない

・炭素コストを含めたTCOで他候補より明確に不利になった

・原産国の電力排出係数が高く、現地に再エネ調達手段がない(構造的に改善余地がない)


切り替えには品質認定・型費用・リードタイムが伴うため、宣言する前に代替候補の目処を立ててください。

 

7. グリーンシフト推進ロードマップ(18か月)

 

フェーズ期間主なアクション成果物主管
1:可視化1〜6か月目品目マスタとCNコードの突合、対象品目・サプライヤーの特定、負担額シミュレーション対象品目リスト/炭素コスト試算表/経営報告資料調達+経理
2:評価軸の改訂4〜12か月目TCO評価基準の文書化、グリーン条項の契約反映、サプライヤー説明会、データ収集開始改訂版グリーン調達基準/契約ひな形/初回データ

調達+法務

 

3:シフトと共創10〜18か月目実データへの切り替え、低炭素素材への代替、再エネ導入支援、優先供給協定実測値カバー率/代替素材の認定完了/アライアンス契約調達+設計+技術
 
 

フェーズが重なっている点が重要です。 フェーズ1の完了を待ってから着手すると、契約改訂が間に合いません。契約書ひな形の改訂は、試算と並行して法務に着手させてください。

 

主指標は「実測値ベースのデータカバー率(金額ベース)」を推奨します。デフォルト値への依存度が、そのまま将来のコストリスクの大きさを表すためです。

 

まとめ:規制対応を「参入障壁」から「競争優位」へ

国際環境規制の強化は、短期的には調達部門にコスト負担とデータ管理の手間をもたらします。しかし視点を変えれば、その負荷はすべての競合にも等しくかかるということです。そして対応が早い企業から順に、低炭素素材の供給枠と、検証済みデータを持つ優良サプライヤーを押さえていきます。これらは有限です。

 

実務として押さえるべきは4点です。

①まず対象を特定する——品目マスタとCNコードの突合が、すべての起点

②リスクを金額に翻訳する——マークアップの年次拡大(10%→20%→30%)を織り込んだ試算が、予算と意思決定を動かす

③評価軸をTCOに組み替える——単価だけの比較は、すでに実態を映していない

④契約に落とす——データの提供義務・前駆体開示・秘密保持の範囲。契約改訂なしに現場は動かない

これらを支えるデータ基盤は一つで足ります。 CBAM、英国CBAM、CSDDD、EUDR、電池規則——様式は違っても、必要な原情報は「どこで、どう作られ、どれだけ排出したか」に収束します。共通の基盤を作り、出力を制度ごとに変換する。この設計にできるかどうかが、今後10年の調達競争力を分けます。

規制対応を後手のリスク回避にとどめず、グローバル市場で競合を引き離すための戦略的ソーシングとして取り組んでいきましょう。

参考・出典

関連記事:グリーン調達とは?調達購買担当者が知っておくべき内容をわかりやすく解説 

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